【COLUMN】2024年最終戦を終えて

MFJグランプリが終わり

全日本RR選手権の日程が過日行われたMFJグランプリで終了した。

今年のハルクプロチームは國井勇輝一人気を吐いていた。昨年は8耐前のトレーニング中に怪我をして(街中を走っていた時、隣にいた豊島がズッコケて勇輝はもらい事故)シーズンを棒に振ってしまったから二年分の活躍を見せなければならなかったのだ。

実際シーズンオフもチーム員の中で一番長くフィリピンに居てトレーニングに勤しんでした(トレーニングも一生懸命やったけど腹も空くみたいで、良く食べる)身体も出来たが大きくも育ってしまい少々体重が気になった。(笑)

ウインターキャンプには良く知らない少年が一人混ざっていたな。甲高い声で「斎藤太陽と言います。宜しくお願いします」と挨拶されたので、俺は「ああ。こんにちは。初めまして。頑張ってね」と言ったら、「いや、この前会いましたよ!覚えてないですか?」俺「どこで?」彼「イヤ絶対会っていますよ」だから「覚えてない」彼「ツインサーキットですよ。昭和電機のイベントです」俺「ああ、居たんだ?」彼「まだ覚えてないですか?」こんな調子でマコリット(笑)この少年、トレーニング終盤に転倒して胸を打って痛がって夜も寝られないとリビングで椅子に座って夜を明かしていた。

もう一人変な奴が、口癖があって「僕は物覚えが遅いんです、でも時間もらえれば速いので」

この一年間で何度も聞いたセリフ。俺は全く見た事も聞いた事もない奴だったが、縁あってウチに入ってきたんだ。名前が濱田寛太。俺はシーズン中、こいつに何度も言った事が「お前の名前は間違ってる。寛太じゃなくて勘太だよ」寛太の寛は寛大の寛で、広く緩やかみたいな意味がある。まったくその通りで、のんびりしてる。走行前には必ず小さなメモ帳を開いて何だかメモを始めるのが奴のルーチンなんだ。その割に走りは適当。要するに“勘”で走るだけ。

だから“勘太”。

最後の一人は言わずと知れた名越哲平。もう言う事は無い。ハルクに関わっても10年になる超古株。トレーニングでもマイペース。若いころのギラギラした感じが・・・あれっ元々それは無かった?(苦笑)

そんな奴らと戦った今年のシーズン。MFJグランプリでは土曜日のMFJカップで、変な少年が頑張っていた。国内ライセンスだが国際を相手に完璧なレース運びで、残り2周の時に、(あっ、このレース総合トップで勝てるな)と思ったら、ラストラップに計算通りバックストレートから抜け出し、130Rをトップで抜けて(やるなあ太陽トップだわ)勝ったと思ったら、まさかの3位転落。(おれの経験の中では130Rをトップで立ち上がって3位まで落ちたのを経験した事がない)それでも本人はクラス優勝したことを喜んでいた(欲の無い奴だ。まだイジメが足りないな・笑)チームの釜ちゃんも、何とも言えない微妙な笑顔。

次は“勘太”例のルーチンこそ見なかったが、走り出す前にイヤフォンを挿してピットに来る。これもルーチン?でも、成功した経験があってのルーチン。俺はその成功例を見た事も聞いた事も無い。以前身近にいたせいか?MOTO-2ライダー佐々木歩夢を崇拝している。それはいいから、早くその歩夢のように速くなれ。

今年は完全に深みにハマり、抜け出せない感のある哲平。

簡単に言うとセッティングがピンポイントなんだ。マシンなのかライダーなのか?メカニックも頭を抱える。手を変え品を変え尽くしてはいるのだが。

このシーズンオフに徹底的に絞ってやろう。でも新婚さんだからなあ、可愛い奥さんに恨まれたくないな。

「どーするんだ哲平」

年間ランキングでは6位。Yの二人に赤い黒船?Dの涼、問題はHの二人。ダメだよ、HondaのNo1は死守しないと。

最後は昇り龍みたいな國井勇輝。フィリピンのウインターキャンプも一番長く居たし、アジアと掛け持ちで体力的に厳しかった時もあったけど、その甲斐あって全勝こそ逃したけどほぼ満点に近い成績だったな。後はアジアの最終戦を残すだけだが、これも決めてWチャンプを実現したいもんだ。

アジアの最終戦は12月。この一ヶ月月がもったいないので、秋季トレーニングを敢行する。問題だらけのチーム再生の第一歩になる事を祈って。

イジメてイジメてイジメ抜いてやる。(でも、いじめ過ぎて本番?のウインタートレーニングに来なくなったら元も子も無いな、う~ん悩む)