Vol.224 菅生からザクセンリンクへ。

全日本選手権も折り返しの菅生、昨年から始めたJSBセミ耐久も含め、全4クラスが開催された。
決勝の朝天気が良くなかったので、観客の入りは昨年レベル。一番手はGP3の涼、スタート前に俺が「タイヤと相談しながらペース配分な!」アドバイスしたら、帰ってきた言葉が「千切れたら行っちゃっていいですか?」そんな自信に満ちた言葉は想像して無かったので、「行けるならドンドン行け」答えた。果たして、涼のレースは素晴らしかった。元々ウエット路面には自信があった事もあるが、全日本初優勝にしては、あまりにもカッコ良過ぎるブッチギリの勝利だった。アジアタレントカップに参加し、自身のスキルを確実に上げてきた結果だね。

ST600では龍太に期待したが・・・う~ん、イマイチ。まあ、二連勝なんて簡単には出来ないね。それでも涼と共にランキングトップでシーズン後半へ、悪く無い。

その後が参った。JSBのスタート進行中に突然の雨、それも半端じゃない。止む無く時間をずらして、更に周回数も更に減らし(全日本の開催規定にウエットの場合10%短縮が認められている。元々は52周のレース、雨で46周に。それを更に10%短縮で40周に)ここで新たな問題が発生する。
菅生1周3、7Km×40周なら、リッター6,3Km程度の燃費を確保すれば無給油で走れる、ましてはウエット路面。殆んどのチームがピットイン無しを想定した作戦に変更していた。ところが主催者がピットインを義務付ける旨の通知を出したんだ。
観客に耐久レースの名物でもある、ピット作業を見せてあげたいから出した通知。俺は意味のないピットインに笑ったが、真剣な顔で怒鳴っているチームがいた。(みんなが1ピットなら公平だし、どっちでもいいんだけどね)自分のところだけが無給油で行けると思っていたんだろうね。(笑)

結局ピットインの義務付けは無くなり、少しだけ長いスプリントレースになってしまった。それも終盤に出たオイルのせいでフルコースコーション、その後赤旗でレースは終了。思いがけない展開に、またまた騒いでいたチームがいたけどあの状況では致し方ないと思ったよ、大きな事故にならなくて良かった。
巧は2位でレース終了。これでハルクが3クラスのランクトップで後半戦へ行く事になった。

JSBのオイル処理は大変だった。ウエット路面に広がったオイルを処理するのは大変な作業だ。俺は現場を視察しながら(何とかGP2のレースをやってくれと願っていた)暗くなりつつある空を眺めていたよ。
菅生スタッフの懸命の作業で、GP2もレースを行う事が出来た。こういう場面ではヤッパリ強さを発揮するベテランがいるな。淡々とトップを走り難なく優勝。井筒に追いすがるナオがいじらしくも思えた。(苦笑)

菅生から帰ってすぐに鈴鹿へ、8耐の事前テスト。ハッキリしない天気で満足の行くものでは無かったけど、しょうがない。オランダから駆け付けたマークが頑張っていた。巧は例によってのらりくらり、好いんだか悪いんだか?(笑)

翌日にはドイツに向けて出発。ザクセンリンクは高速低速昇り下りを複雑に併せ持った難解なコースレイアウトだ。タカには何とか結果をだして欲しく、予定には無かったけど行った。
ザクセンリンクは苦戦した、どうにも成らなかった、何とかしたかったけど。帰りの空港で、タカに「セッティング出せなくてゴメンな」謝るしか無かった。あんな経験は初めてだったな、どんなに追い込まれても何とかなるんだけど。

ドイツから帰って翌日から二日間、MFJの会議。相も変わらず何処に目を向けているのか分からない会議だった。これだけ参加者が減ってきて観客動員も減少している中で、旧態依然とした決め方考え方。俺はARTを代表として参加しているが、毎回失意のうちに帰ってきているような気がする。それでも放っておいたら更に良くない方向になるので、辛抱強く続けるしかない。

モヤモヤした気分を晴らすには、行くっきゃない!(笑)その夜の飲みは半端無かったようで、俺自身久し振りの泥酔状態、最後はまったく記憶が無い。(苦笑)

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