Vol.101  50回目の勝利

4年連続5度目、全日本選手権通算50勝目!俺達にとって記念すべき記録でコニーが最終戦岡山で自身2連覇3度目のチャンピオンに輝いた。

岡山の最終戦は‘03以来かな?その時は参戦3クラスで全部チャンピオンになったゲンのいいサーキットだ。

前回の鈴鹿では思わぬアクシデントでコニーが戦線を退き、今回にチャンピオンを賭けていた。今年のST600のチャンピオンは鈴鹿が終わった時点で俺達ハルクのチャンピオンは決定していたんだ。龍太が唯一人、逆転チャンピオンの可能性を持ったライダーだった。
俺は小西に「コニー頼むよ、俺は龍太のチャンピオンTシャツ作らないからな」僅か1%位の可能性しか無いとは言え0では無かったんだ。

俺は今年の龍太は良く頑張ったと思ってる。バーニングブラッドから移籍して、慣れないチーム慣れないタイヤ初めてのメカニック。不安要素がいっぱいある中で、最終戦にランキング2位はエライと思っている、しかし、チャンピオンは別だ。同じチームに絶対チャンピオンとも言うべき小西がいて、間違っても未勝利の龍太がチャンピオンになったら何か変だよ。
龍太はまだ若い、未完成な部分がたくさんある、そういう奴がツキに恵まれ、間違ってチャンピオンになると先が思いやられる。1回限りのチャンピオンになってしまう可能性があるから。俺は過去に何人もそういうチャンピオンを見ている、龍太には小西の後を継いで強いチャンピオンになって欲しいと思ったから、なって欲しくなかったんだ。

俺の心配をよそにコニーは完璧なレースで優勝、同時にチャンピオンも決めた。

俺達にとってこの勝利は特別な意味を持っていた。俺がハルク・プロを興してから5年目の90年。雨の筑波をスリックタイヤ!で優勝した125の島正人が記録した1勝目から数えて、約20年で通算50勝に達したんだ。よくも勝ったもんだ、良く続けたもんだ。島正人は独特のセンスを持ち、競う相手に恐れられる走りが特徴だった。
その後に小野真央。真央はスピードがあった、本当に速かった。俺達は真央と出会って世界に行く決心をした位だから。
残念ながらスペインでの大怪我で、その非凡な才能を開花させる事は出来なかったが、完全治療後全日本で優勝して全日本から引退した。(本人は引退させられたと言っているが、今でもその速さは健在!)
高尾和弘は激戦の125クラスで鈴鹿、無敵の4連勝を達成した。(当時は鈴鹿でGPが行われていたが、最終シケインの速さは間違いなく世界一だった)
その後、青山博一、周平兄弟、小西、安田、中上など、みんなで築き上げた勝利数だ。まだまだ続けるよ。俺達は勝利数の上限なんて決めてないからね(笑)

最終戦が終わってサーキットのVIPルームが打ち上げの会場になった。お世話になっているスポンサーさん、仲間達、みんな一緒になって飲んだ。勝手に盛り上がってたけど、俺が一人で通算50勝の感激に浸ってたのは、多分誰も知らない(笑)

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