Vol.94 鈴鹿8耐
試練!正しくその言葉が当てはまる今年の8耐だった。
記録的な暑さの今年の8耐だった。プラクティスから数多くのマシンが転倒し、設定外の路面温度に翻弄されていたのかもしれない。
俺達もスペアパーツのストックがそれ程多くないので、慎重にプラクティスを進めていったんだ。ところが、予選で安田がまさかの転倒、それも自分でPITにINの合図を送っていった矢先にS字コーナーで転倒したんだ。PITモニターにはコース上にうつ伏せになり微動だにしないヤスが映し出され、俺達に緊張が走った。普通はコース上に投げ出されたら、危ないからライダーは必死に逃げるものなのだ。ヤスは強度の脳震盪で完全に意識を失っていただけだが、60度を越すアスファルトの上でまったく動かないモニターの絵面は気持ちのいいモンでは無い。その後の検査で大事には至らなかったが、何箇所かの骨折と頭を強打したので24時間安静と医者から指示された。この時点でヤスの今年の8耐が終わった。
ヤスが大事に至らなかったのでひとまず安心したのもつかの間、今度は小西がやってしまった。小西は「ヤスの事が気掛かりで・・」とか言ってたが、(ふざけんなー、だからこそお前が慎重に走るんだろ)怒鳴りたい気持ちをこらえて「身体は大丈夫か?」優しく言ってやったよ。だけど問題はスペアパーツの不足、大概の物は揃えていたが、タンクだけは間に合わなかった。俺達のタンクは市販品を買って全部バラシてモディファイして使っているんだ、一から造るより早いが、それでもかれこれ外観合せに容量合せ両方満足させるために、1個造るのに1週間くらい掛ってしまう。先週巧がスプーンで転倒、マシンは全損してしまったのでスペアの3個目が間に合わなくなってしまった。
幸い1個は潰れたけど使用可能なので、決勝はこれで行く事にするしかなかった。(涙)
2台の壊れたマシンの一台を何とか修復して第3ライダーの巧をコースに送り出せたのは予選終了10分前だった、「基準タイムさえクリヤーすればOKだから」と巧に言ったが、アッサリ15秒台で帰って来たのには驚かされた。
トップ10トライアルに残ったので走るのに、虎の子のタンクは使いたくないし、そうかと言って、ヤスが潰した方はマシンにセット出来ないくらい損傷が激しかった。1台で走るトップ10トライアルは、みんなが注目しているから潰れたタンクは悲しいが、しょうがない、決勝の方が大事なので潰れたタンクを思い切り鈑金して使った。何人の人が気が付いたかな?
悲しかったのはもうひとつ。タンクを思い切り鈑金している時に腕時計が吹っ飛んでリューズが1個無くなった、俺が20年以上も大事にしていたTAGホイヤーのチタンバージョンなのに。(トホホ)その後皆の仕事を邪魔しないように何気ない顔して、ピットの中を小さなリューズを探したのは言うまでも無いが、砂丘に落としたダイヤモンドを探すのに等しい作業だった。20年前の部品なんて無いだろうなー、駄目もとで聞いてみよう。
決勝のスタートに潰れたタンクでスタートしたのは初めてだ、当然容量も小さくなってしまったので、ただでさえ厳しい燃費が更に厳しくなったが、無い物はしょうがない、ただ、絶対に転倒出来ない状況にまで追い込まれてしまった。