Vol.67  レースとは。

先日俺の友人の息子が突然亡くなった。
24歳の若さで。
バイクにはまったく関係のない彼だが、突然死したんだ。両親をはじめ親族や彼の友人達の驚きと悲しみ方は尋常ではなかった。俺はそんなに親しくしてた訳じゃないけど、父親とは30年来の付き合いなので、線香だけでもと出向いたんだ。
先週沼田の葬儀に参列したばかりの俺は、帰りの車中で複雑な思いにとらわれていた。確かに24歳の若さでこの世から去るのは悲しい事だが、誰のせいでもない。彼の寿命がそこまでだったと言う事なんだ。

このところ俺達のレース業界では事故が多い。そして最悪の結果になっている。ある意味、俺達は危険を覚悟でレースに参加している訳だから、最悪の結果に遭遇する事も多々あるのは致し方ないと思う時もある。だからこそ安全には目をそむけてはならないんだ。

先日、MFJの委員会に参加した。
MFJが日本のレースを統括している団体である事は周知の事実だ。日本で行われるレースの規則も、MFJ管轄のレースならすべてこの団体によって制定されたものだ。
MFJは日本においてモーターサイクルスポーツを浸透させ、モーターサイクル業界全般の発展をひとつの目的においている。自分もこの業界の発展無くしては生計が立たないので、その事についてはもろ手を上げて賛成だし、出来る限りのお手伝いはしているつもりなんだ。
近年日本においてST600クラスのレースは、完全に定着したと言って過言ではないだろう。発足当初、ST600はレースの普及のために、なるべくコストが掛らないようにとの判断から、改造範囲が狭められていた経緯があった。だからこそ多くの参加者を集める事に成功したのだろう。

今、日本で行われているST600クラスは過激である。そのラップタイム、最高速度はGP250クラスをも凌ぐ程なんだ。その進化したクラスに規則は付いて行けてない気がする。要するに、参加者はメーカーも含め切磋琢磨し技術の向上に努め、本来街乗りのバイクを見事なレーシングマシンに仕立て上げてしまったんだ。レーシングマシンにはそれなりの装備が必要だ。本来街乗り仕様、それも大人二人が乗れる仕様になっている訳だから、レースマシンとしては不釣合いな部品がたくさんある。不釣合いという事は、言い換えれば不安定な訳だから直さなければならない。精鋭化した人達が危険にさらされている現状が、数多くの事故につながっているような気がしてならない。

バイクのレースとは、速さを競うものである。速さを競う時伴うのが危険だ。安全を見過ごして速さを競えばそれはただの無謀としか言えない。
協会をはじめ、携わる者全員で考えなければならない時期に来ている。
奥野君には是非回復して元気な姿を見せてほしい。
残念だが沼田君のご冥福を祈る。

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