Vol.96  ハルクの夏

鈴鹿8耐が終わって翌週に菅生にテストに行った。
毎年この時期のテストは「キツイ!」の一言だ。鈴鹿8耐のために俺達は会社総動員で頑張ってこなす。そのほとぼりも冷めないうちに全日本用の600二台JSB一台を走れるように用意する事がどれだけ厳しいか、頭で考えたらまとまらないから身体を動かすしか無い。(汗)

俺達は確かにレースをやっている。レースはどんな物でも用意が必要だ、この用意(準備)がレースの8割を占めると、俺は思っている。日本のみならず世界中でレースに携わっている人達は数多くいる、一人で全てをこなすプライベーターから、F1やヨットのアメリカンズCUP、果ては、今やっている北京オリンピックの各レースだって同じだ。みんなそこに行く為の膨大で周到な準備が好結果をもたらすんだと思っている。

俺達のレースは、人(ライダー・メカニック・エンジニア)と無機質なマシンとのコンビネーションが織り成す絶妙なバランスが特徴だ。
マシンサイドの準備は、あくまで無機質なパーツ群を組み立て(俺達は此処で魂を吹き込むが《チョッとクサイか?》)れば完了するが、ライダーは生身の人間だ。いくら頭で切り替えようとしても無機質なマシンのようには行かない。

自分一人でやっているライダーは自分の体調、マシンの状態など全て自分にかかっているから、ある意味バランスが取れている。(レベルは別だが)

俺達は菅生のテストで転倒した。それも何回も。
マシンサイドでいくら完璧な形でテストに臨んでもライダーがそのモードに入っていなければうまく行かない見本のようなテストだった。
鈴鹿の8耐前にタイヤテストで小西が転倒し、全損になったCBR600を気合で新組みし、慣らしが済んだかどうかのマシンでまた転倒、治して翌日又転倒。どれだけ無駄な労力を掛けているのだろうか?

レースはどんなレースでも告知期間があって、エントラントはそれに向けて準備を行う、当然テストだってそのために敢行するわけだ。ところが完全に準備(ライダーの心も含め)が出来ないで参加すると、前述のような事も起きると言う事なんだ。

連日転倒する小西に、今回怪我したヤスの代わりにテストを買って出てくれた岡田が「連続って言うのは良くないな、癖になるから」静かに諭してくれた。さすがに20年も一線でやって来たライダーの言葉は重みがある。世間じゃベテランと言われるコニーが可愛く見えるから不思議だよな、その会話を聞いている龍太なんか異次元の話に聞こえただろう。ベテランライダーの会話を横で聞くチャンスなんて誰にもある訳じゃないから、龍太にとっては貴重な時間と言える。

準備不足で臨んだテストから無残な姿で帰ってきたマシンを、ハルク・プロに降ろし、疲れたメカニック達のボロボロになった身体を、つかの間の休息である夏休みが癒してくれたのを期待する今日この頃。
そうは言っても今週の菅生のためにいつものハードワーク。
それが俺達のレースである。